ぼうふら×落ち葉 他

おはようございます。只今の時刻は、AM6:32です。
昨日のブログの3年間目にあたる所信について下記のとおり記述します。
「ぼうふらも人を刺す蚊になるまでは泥水くぐって浮き沈み」
「落ち葉が木枯らしに舞う 落ち葉は木枯らしを恨むだろうか
   落ち葉はつぶやく 落ち葉だって桜餅を包む落ち葉もあれば
              他の樹木の肥やしとなる落ち葉もある」
この2つの言葉は、今から約28年前のS55年2月、御殿場市:国立中央青年の家で開催をされた「全国新成人政治講座(20歳の集い)」とその後の2回の事後研修で講師から参加者に発せられた言葉です。
三重県代表2名の一人として参加し全国の地域活動・市民活動をする青年と知り合い
 北海道の代表者から、アイヌの人々の人権問題・・
 沖縄の代表者から、今も発見をされる不発弾、万歳は戦時中の
   万歳突撃をイメージし地域性もあり、祝い事にはエイサーを踊る・・
 広島の代表者から、原爆とそれに関する人権問題・・
 全国各地で農業後継者として頑張る姿、地域再生にかける意気込み・・
日本には、自分の知らない世界がこれだけあるのか、活動に意欲を燃やす青年がいるのか。
驚きを感じ帰り、青年団他の活動に本格的に取り組むことになりました。
講師からの「ぼうふら・・・・」「落ち葉が・・・」の言葉は、参加者に
 ぼうふらだって生きるために一生懸命、君達も頑張れ。
 桜餅を包む落ち葉と他の樹木の肥やしとなる落ち葉がある。
  君達はどちらの落ち葉になるのか?肥やしとなる落ち葉になり
      地域社会を再生を目指せ。の意味とメッセージでした。
今の議員活動も、この言葉からの延長であるとの認識を持っています。
何をするのかではなく、心の中にある気持ちを示すことで所信といたします。
さて、本日は、道路関係事業・教育行政芸術文化振興の打ち合わせです。

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