震災・津波×伊勢湾台風×何時、出てくるのか東電社長・貞観地震×乗り越えよう体験のなさ
おはようございます。
【震災・津波×伊勢湾台風】
昨日の新聞各紙に25日開催の「はまぐりプラザ」での震災支援のハマグリ・シジミ販売他の記事。
魚に関する企画展示も見たかったので足を運んだ。
関係者の方と話。
「伊勢湾台風時の赤須賀の浸水状況・・・、51年前に全国の方に世話になった・・・・何かしなければ。」と続いた。
昨日26日、某事務所にて伊勢湾台風当時、長島中3年生の方の話を聞く。
数日後に生徒は、集団疎開のため自衛隊ヘリコプターで桑名市内の小学校Gに脱出後、鈴鹿電通学園・伊勢市内旅館等へ。
「2ヵ月後に戻ってきたが、伊曽島の生徒は長島中までの道路の状況もよくなく、しばらく学校で合宿生活・・・・。数日前、知人ら20名が集る機会があり、自然と何かしようとなり義援金が集まり届けた。」
毎日のようにこうした話を聞く。
本日(27日)午前中も市民の方から支援のご相談。
今、私にできること。
一つひとつ市民の皆さんからの支援の話に粛々と対応していくこと。
【何時、出てくるのか東電社長】
福島第一原発事故。
震災・津波・原発の三重苦の自治体では、原発のため遺体捜索ができない区域もある。
消防団・防災担当として水難捜索にあたった経験から、2週間経過し相当の腐敗・損傷が進んでいると推測できる。
家族の安否を心配する方の気持ちを思うと心が痛む。
東電副社長の記事・報道は、時おり出てくるが出てこないのは社長。
経営トップが謝罪の記者会見・被災地を訪問すれば、厳しい言葉を浴びせられる事を心配してか?
これ以上遅れれば、今さら・・・にもなる。
私達の生活は、電気があることで成り立っている。
そこには理解も示さなければならない。
一方、供給側にも責任と責務がある。
東北地方で平安時代869年に発生した「貞観地震」に対する備えを東電に対し、関係者は数年前から審議会等で指摘をしていた。
今回も非常用発電機等の備えが十分であれば、万全とまではいまないにしても何らかの対策はできたはずだ。
何時、出てくるのか東電社長。
【乗り越えよう体験のなさ】
この言葉が、夢の中に出てきた。
31年前の2月、国立中央青年の家(当時の名称)での、全国新成人政治講座(その後に参加した事後研修?)で三重県代表で参加し講演での言葉。
今でも記憶がある。
夢の中の会議室は、富士山のすそ野にある中央青年の家だった。
これからの社会を担う世代の多くは、戦争を知らない・安保を知らない・大きな災害の経験もない・・・・・。
いわば、体験を持たない世代であるといえる・・・・・。
一人では何もできない、仲間がいれば・・・・・・、乗り越えよう体験のなさ・・・・・・の講演でここで目が覚めた。
20歳のときにこの言葉の響きは大きかった。
今回の震災。
31年経過してもこの言葉には大きな響きがある。