重なる記憶×体育のマット×次世代への責任

おはようございます。
6日は午前・午後と小中の入学式に出席。
終了後、午前:1時間、午後:30分ほど出席者と懇談。
話は今回の震災になる。
21年9月の伊勢湾台風50年の際、新聞・TV特番で報道された際、市内で体験談等をよく聞いたものだが、明らかに今回の震災後の方がその機会が多い。
・泥水に浸かった米を洗って食べた。
・家族が亡くなっても悲しむ間もなく学童疎開をした。
 長島中の生徒は、ヘリコプターで桑名へ脱出、鈴鹿電通学園へ
 一時避難、その後は伊勢市内で伊勢神宮近くの旅館等で学童疎開、
 1ヵ月半後に戻った後も道路、堤防も十分復旧されていなく、
 遠方の生徒は、しばらく中学校の家庭科室で合宿した。
・あの場所を通ると濡れムシロをかぶせ火葬する煙を思い出す・・・。
こちらは聞くことに徹するしかない。
台風体験者の方は、今回の震災の記憶が重なるのだろう。
こうした話を聞いていたら、小学生時代の体育の授業の際のマットに赤十字のマークがあり、先生から台風後に贈られた救援物資であることを教えられた記憶がよみがえった。
次世代へこうした話を語り継いでいく責任を感じた時間となった。
7日は、桑名の新たな商品開発や当面の諸課題で大橋議員ほかと懇談他。
少しづつ動き始めた。
桑名地域医療に関し、特に市民病院再編統合問題が、震災対応や年度初めで行政側もメンバーも替わり、どうなっているのか見えてこない。
当面の課題はこれか?

Follow me!