ガッタンゴットン:10年前の記憶

おはようございます。
昨日24日は桑名・いなべ・木曽岬・東員の広域で「し尿処理施設を管理運営」する桑名員弁広域連合議会ほか。
<本日25日:中日新聞記事>
桑名市が商工会議所へ節電他を要請する記事もあるが、気になったのは「北勢線」の支援記事。
10年前のH13年2月の記憶がよみがえる。
当時、長島中PTA会長、持ち回り当て職で長島町PTA連絡協議会長。
北勢線が廃止の方向が打ち出され、桑名工業・員弁高校(現:員弁総合)他への高校生の通学の足が問題になった。
桑名・員弁管内の中学生の進路先に大きな変化の動きが出るのでは?と協議したこともある。
多度・長島・木曽岬町の持ち回りで長島北部小が桑名郡PTA会長。
このため、私が桑名郡の中学校代表として高校進路対策の担当、署名活動を郡PTA会長とすることになった。
長島町の職員であったので、一般の市民の方には聞こえてこないような某自治体の情報・対応に「いかがなものか?」と感じたり、路線があるわけでもないのに「職員×PTA会長」立場は違えど町内の署名活動をするのは「いかがなものか?」と指摘も受けたりしたが、多くの方にご協力をいただき署名を集めた。
年度末の2月には、町PTA会長が事務局と計画し、幼小中PTA役員(幼各1名・小中各2名)が1日研修をすることが恒例になっていたので、
「楚原駅まで北勢線に乗車し、H23.4月から総合学園として開校する員弁高校の視察」を企画実施。
「行政側は北勢線の課題を指摘するだけで、現段階で何も具体的な行動は署名以外にないので面白い。」
と視察当日、中日新聞記者から取材を受けた。
記者もPTA役員と共に「ガッタンゴットン」と北勢線に乗車。
参加者の員弁高校卒の方から「当時の北勢線の様子」インタビューが記事の大半を占めていたことを思い出す。
その1ヵ月後、北勢町のホールで存続の決起大会が開催され、この時間帯の電車で西桑名駅から乗車し参加の案内を受けた記憶もある。
本日の中日新聞記事では「三岐鉄道から今後も北勢線への支援要請」の内容。
北勢線の必要性は理解している。
最小の経費で最大の効果が出る支援のあり方を十分協議してほしいと思う。

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