記憶をつなぐ

おはようございます。
昨日(23日)午前、3日前に三重TVより伊勢湾台風55年のニューズ番組の取材協力を受け約1時間半対応。
体験された方に連絡し取材の立会い。
当時、濁流に飲み込まれ流されてき箪笥を踏み台にして我家の屋根に上り一晩明かされた方。
母親と弟さんが犠牲となった。
台風が過ぎさった深夜、天空には何もなかったように月が出ていたことを記憶されている。
(我家の家は結果的に流されなかったが、危険を感じ家族は学校へ避難し水位が高くなり屋根裏で一晩を過ごした。)
アナウンサー・カメラマンの二人での取材だったので、流された道をたどる際には、車への注意喚起等、お手伝いをさせていただくことはいくらでもある。
夕刻、三重テレビニュースで約4分間流れた。
私自身は体験者でもないが(母の胎内で3ケ月)、何がどこにある・この方に話を聞くことができる他を知っているので、取材他のお手伝いをさせていただくことが多い。
この2週間ほどの間に資料を持参し名古屋へ足を運んだ。
次世代へ記憶をつなぐため、形にして後世につなぐことはしていきたいと考えている。
記憶を風化させてはいけない。
午後、市民会館での防災サミット。
広域避難をテーマとしていた。
基調講演では、避難施設整備、備蓄食料・飲料水の確保他、被災後の対策で本来の防災は事前の対策で犠牲者を無くすこと。
台風の進路予想も精度を増し、事前にバス他を使用し広域避難の対策をすれば犠牲者の大幅な減ができる。
当然だが、現実的に可能か?疑問も残る。
最後は「向こう三軒両隣」。
サミットのパネルディスカッションには、桑名・海津・弥富・愛西市・木曽岬町の市(町)長が参加した。
これや基調講演の前に伊勢湾台風を含む自然災害犠牲者に対する黙祷がなかった。
このサミットは国交省の主催だが、会場市や国交省の関係者で誰か気付く職員がいなかったのか?
こうしたことが行政の基礎・基本ではないか。
本日(24日)は、決算特別委員会全体会。
当面の課題が遅れ気味で少し焦ったいるが粛々と進め、議会の審議に対しては是々非々で。

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